「基音」で演奏する人、「倍音」で演奏する人 (2025.12.11)
『響きに革命を起こす ロシアピアニシズム:大野眞嗣著』を読んでいて、演奏家に響きのパターンが二つあることが分かった。
一つは、「太くて豊かな響き」をいい音とする「基音」をベースにする響き。もう一つが、音圧で響かせない「倍音」による響き。
「基音」とは弾いた瞬間に鳴る立ち上がる音のことだが、この基音だけを聴いて演奏すると音色の変化は生まれないし、遠達性のないいわゆる「近鳴り」の音になる。
一方、「倍音」による演奏とは、基音にのみ注意を払わず、空間に広がる音をとらえるように弾く。この「倍音」による演奏をするためには、「基音」を細くし、その基音の周りにまとわりつくように響きのヴェール(倍音)を存在させるようにしなければいけない。
ピアノの世界では、この「倍音」を基調にした音の響きで演奏することを「ロシアピアニシズム」と呼び、一方で、「基音」をベースにした響きで演奏することを「ドイツピアニズム」と呼んでいるらしい。
先日、松本富有樹氏のコンサートを聴いていて、なぜこんなに、立体的で豊かな響きの音が出せるのだろうと思っていたが、彼は、「倍音」が響くような音で演奏していたのだ。彼が使っている「シンプリシオ」という楽器の鳴りも、「倍音」での演奏に適している楽器なのだろう。
これまで、多くの演奏家のコンサートを聴いてきたつもりだが(といっても福岡の地では限られているが)、多くの演奏家は、「基音」による演奏家たちがほとんどだったような気がする。
音色に独特の色気がある三良裕亮氏は、「倍音」による数少ない演奏家の一人だろう。先日のブーシェによる演奏会での演奏は、特に、そう感じた。
何度聴いても、何時間聴いていても飽きの来ない演奏というのは、この「倍音」による響きの音を基調にした演奏のような気がする。




